2015年4月5日

スカラシップ2014下半期レポート 臼杵遥志

「王子小劇場はセミパブリックな劇場である」
臼杵遥志

というのが一年間王子小劇場に通って考えたことだ。「観劇を通して演劇シーンのいまを考える」という個人的目標を掲げ、「どういう劇団が、どういう作品を上演したか」を考えながらこの一年の観劇を始めたが、一年を通して「劇場は何を考え、その劇団を迎え、その作品を上演に導いたか」に興味が移行した。劇場のスタンス、とでもいうものが知りたくなったのだ。それについて、私の一年間の経験や私よりも長く王子を知る人々から聞いた話を元に考察しようと思う。


公共と私設
劇場には公共と私設の二種類がある。
公共劇場には作り手でも観客でも、市民に開かれた場所であるようにする義務がある。(それらの多くが義務を果たせず“ハコモノ”と化しているが)そのため、劇場事業は広く多くの市民に届くものでなければならない。
一方、私設劇場にはその義務はなく、出資者の意図、あるいは芸術監督の意図を反映する劇場運営の方針がそれぞれに存在する。とはいえ、ほとんどの劇場が黒字を出すことを基本的な目標として設定しているものと思われる。

王子小劇場は作り手でも観客でも、ある程度熱心な、興味関心のある人に深くリーチする事業を行っている。極端な言い方をすれば、特定の人々に対してのみ開かれていて、多くの人には閉じた場所である。
それは同劇場が私設劇場であることを考えるとさほど不思議なことではないが、一個人の感想として、あまりにも利益追求をしていないと思われる節があり、それが多くの私設劇場と異なる点ではないだろうか。


支援と育成
具体的には、「スタートダッシュ割引」や「王子トライアル」など、若手のカンパニーに対する金銭的な援助の多さが挙げられる。これらの制度のおかげで公演を打つに至れたカンパニーは少なくないだろう。また、「俺がやらなきゃ誰がやる」は金銭的な援助だけでなく、俳優の「やりたい」を公演として成立させるための制作的なサポートも行っている。

若い作り手への支援事業に関して、私より長く王子小劇場に通っている人々の話を聞くと、芸術監督交代の近辺から「有望なカンパニーを発掘する」よりも「若いカンパニーに機会を与える」ことに劇場が重きを置くようになったと感じる節がある。

また王子の事業の中でも「ディレクターズワークショップ」や「王子小劇場サマースクール」、そして「王子小劇場スカラシップ」。これらの事業は演劇に従事する人間への支援の域を出て、育成の域に達している。私自身、ディレクターズワークショップに俳優として参加させていただいた際、事業対象は演出家でありながら、参加俳優・演出助手、そして見学していた一般の観客の方にまで新たな知見を与える機会になったのではないかと感じた。その知見は確実に作り手のレベルを引き上げ、観客の意識に変化をもたらしたに違いない。言わずもがな、スカラシップ制度には大変お世話になった。

これらの事業がお世辞にも広く一般の市民に対して開かれたものではなく、一部の情熱のある作り手・観客に向けられたものであることがこのレポートのミソである。


創客と人材
公共劇場の持つ様々なミッションは、ざっくり言えば観劇人口を増やすことに帰結する。それは目標であると同時に手段である。観劇人口(動員)を増やす→劇場の利用者が増える→観劇以外でも憩いの場として劇場を訪れる→市民に開かれた公共施設になる→観劇に対する敷居が低くなる→観劇人口(絶対数)が増える、といった具合だ。私設劇場がそのミッションに寄与することが出来るとすれば、動員力の高い、あるいは現在伸びてきているカンパニーを呼び込むことが一つの解答だろう。しかし、王子小劇場のスタンスはそれよりも「機会を与える」ことに重きが置かれている。

それは「20年、30年をかけて創客をする」ことより「5年、10年をかけて将来創客に寄与できる人材を育てる」ことを選んだからではないだろうか。


スタミナと雇用
そのミッションの設定から、王子小劇場がセミパブリックな劇場であるという感想を抱いた。私自身が若い作り手であり観客であること、その恩恵にあずかっていることもあり、そのような劇場のスタンスには大いに共感する部分がある。

しかし、採算度外視ともとれるそれらの事業形態をそう何年も続けられるとは思えない。捨て身の覚悟であるだろう。単発的に動員を増やすことは短いスパンで実現できても、継続して劇場に通う観劇人口の絶対数を増やすには時間がかかる。王子小劇場は自らのスタミナを考慮し、短期投資の道を選んだのだろう。しかし、それが続けられるに越したことはないし、仮に王子小劇場じゃなくとも若手育成のノウハウを持つ人材はこれから先も「創客のための人材の創出」に寄与できるだろう。現在、劇場職員は代表の玉山氏を除き、全員が自らの劇団を持つ作り手である。先ほどの若手育成のスタンスが劇場内部にも同様の効果をもたらすとすれば、職員の方々は今後「創客に理解のある作り手」としてご活躍されることだろう。しかし、どっしり劇場に腰を据え、劇場運営、もっといえば劇場経営に従事する人材を育てる気はないのだろうか、という疑問が私の中にある。


運営と経営
劇場運営と劇場経営は似て非なるものだ。劇場運営者はミッション達成のための作戦を練り、実行に移す人物、劇場経営者はそのミッションを長きにわたって継続させるための方策を練り、実行に移す人物だと私は考える。王子小劇場が育てているのは前者に足りうる人物ではあっても、後者に足りうるかどうかは本人の努力と才能に委ねられる部分が大きい。前者にもその節は当然あるのだが、程度に大きな差がある。

そう考えるに至ったきっかけは今年1月である。某団体に対する劇場側のサポートが同企画の他作品に比べ手薄く感じられたのだ。劇場がどこまでサポートをしているかは把握していないが、スタッフワークや告知の充実度が低かったのだ。その原因として考えられるのが、「地方での滞在制作による芸術監督の不在」「劇場主催公演の準備に劇場職員総出で取りかかっていること」の二点。後者は劇場職員として総出だったというよりは「作演出を務める人々=公演の準備を進める人々=劇場職員」という形で総出だったという印象だ。さらに唯一、最前線に立つ作り手ではない玉山氏が全作品の主演ときたものだからいよいよ人手不足だ。

これは先に述べた、劇場経営に腰を据えた職員がいれば解決、とまではいかなくとも、少しは改善されたのではないだろうか。


…と言ってはみたものの
王子が後者に足りうる人材を全く育てていないかといわれればそんなことはない。この王子スカラシップはまさにそういう人材を育てるための企画である。
それはこの企画の募集対象の項を見れば一目瞭然である。

【募集要項】
現在舞台芸術を始めとする文化芸術についての分野を専攻している大学生・大学院生で、学習、研究のためにたくさんの舞台作品を見る必要に迫られているひと。
・文化行政やアートマネジメントに関わることを志す人
・文化芸術方面のプロデューサーやキュレーターを志す人
・文化芸術関係を含む、研究や批評・文筆を志す人
・その他舞台芸術を始めとする文化芸術分野に関わる職業を志す人
(劇場ブログより引用)

また、多くの市民に対して~という部分に関しても今年度の佐藤佐吉演劇祭が地域に根差すための趣向に富んでいたという部分を除外して語られている。例外的な事業だったので割愛させていただいたことをご了承願いたい。


総括
「観劇を通して演劇シーンのいまを捉える」という当初の目標は、方向性こそ変わったが、概ね達成できたのではないだろうか。次、というかこの先は、この一年で得た問題意識に対してどのようなアプローチが可能かを検討していきたい。

このような考察のきっかけと材料を与えてくださった芸術監督の北川氏をはじめ、王子小劇場の職員の方々には感謝してもしきれない。とても貴重な経験となった。という謝辞を以て、総括と代えさせていただこうと思う。

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